2011年05月25日

【プレーヤーパートナー巻頭言(2010/12)】協力会30周年記念集会(金子昭彦)

『協力会30周年記念集会』
金子 昭彦
(こどもの国キリスト教会牧師・KGK理事。元、東海地区主事1985-91)

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先日は、久しぶりに名古屋をお訪ねし、東海地区の卒業生のみなさんや先生方にお会いでき、とてもうれしかったです。東海地区協力会30周年記念集会にお招きくださったことを心から感謝いたしました。

今回、講演を依頼されたことは、私にとってある意味で重荷でした。というのは、30周年記念集会という大切な場で「講演」をする、なんてことは自分にふさわしくないことであり、依頼してくださった方々や当日おいでくださったみなさんの期待に応える自信がなかったからです。しかし、25年前に東海地区で奉仕していたころの証しをしてください、という依頼を、勝手に「昔話」をしてもいい、と解釈し、少しほっとしました。

しかし、私が今回とても驚いたのは、「講演」の準備に苦しむだろうな、と思っていたのが、「昔話」の準備がなんと楽しかったことか、ということです。かつてのことを思い出しては原稿に書く、という作業をしながら、心の中には神さまへの感謝がわき上がってきたのです。思い出すことは一つ一つの断片なのですが、しだいにそれらが一つに繋がってくるのが分かるのです。そして、そこに神さまの見えない手がはっきりと見えてくるのです。1960年代から始まった東海地区におけるKGKの働きと支える方々のさまざま取り組みが、神さまのシナリオに沿って進められてきたのだなあ、と感動しました。

もう一つ驚いたことは、当日、会場に着いたらおそらく緊張するだろうな、と思っていたので、緊張はしていましたが、それを上回る楽しい思いでみなさんと交わることができたことです。私が東海地区で奉仕したのはわずか5年半でしたが、故郷に帰ってきた息子を見るように、みなさんが迎えてくれたここと、私自身も昔いっしょに遊んだ友だちに会ったようななつかしさを感じたことは何よりもうれしいことでした。KGKはやはり一つのファミリーであったのです。神さまは、このファミリーの中に与えられた子どもや孫たちに、日本における学生伝道の使命を託してくれたのはないか、とつくづく思いました。
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【プレーヤーパートナー巻頭言(2010/10)】さあ、あなたも協力会30周年記念集会へ!(関 昌宏)

『さあ、あなたも協力会30周年記念集会へ!』
関 昌宏(春日井栄光キリスト教会牧師)

「わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」
詩篇103:2

 ヘンリ・ナウエンが誕生日に関して次のように記しています。「誕生日はとても大切です。誕生日に、私たちは生きていることをお祝いします。」「誕生日のプレゼントは、家族や友人たちにとって、私たちがその人生の一部となっているという喜びを表します。」「私たちが何をし、何を成し遂げたか、何を持っていて誰を知っているか、ということが大切なのではありません。大切なことは、私たちが今ここにいるということだということを、誕生日は思い出させてくれます。」(今日のパン、明日の糧2月13日)

 この記述は間もなく迎えようとしている「東海地区協力会30周年記念集会」にもそのまま当てはまることでないでしょうか。時代の変化が激しいなかで、世の組織や制度は次々に廃れています。しかし東海地区におけるKGKの働きは、まず協力会が30年前にスタートし、その働きが今も継続している。この地においてKGKは今も生かされ用いられている。それは主が御目を留められ、恵みを注ぎ続けていてくださるからに他なりません。

 以前この「プレーヤーパートナー」に正直なところ私は学生時代、決してKGK活動に熱心ではなかったことを記しました。そんな私が今は協力会に加えられ、KGKをサポートする立場に置かれていることは主の不思議としか言いようがありません。中年になってからですが、KGKは間違えなく私の人生の一部となっています。それも大切な一部です。協力会運営委員となってから、何か大きなことが出来たわけではありません。でもKGKという大切な働きに今、私が関わらせていただいていることに深い感謝をおぼえるものです。

 こうした思いは私だけのものではないでしょう。これまでに様々な形でKGK活動に関わってきた全ての者が、同じ思いを共有できるのでないでしょうか。その思いを礼拝、感謝、交わりという具体的な形に出来る場が企画されています。11月13日(土)に開かれる「協力会30周年記念集会」です。神様は、この地にゆかりの深い金子昭彦元主事を講師として備えてくださいました。この集いにもっともふさわしい方と思います。学生や卒業生の皆さんも、サポーターの皆さんもどうかお集りください。ともに感謝と礼拝をささげましょう。楽しい交わりの内に明日への希望を語りあいましょう。皆様とお会いできるのを楽しみにしております。
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【プレーヤーパートナー巻頭言(2010/06)】東海地区KGKの発足の頃とその後の主の恵み(深川康子)

『東海地区KGKの発足の頃とその後の主の恵み』

深川康子(JECA栄聖書教会)
1977年金城学院大学卒

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1975年 東海地区 春期学校

1973年3月、大学入学が決まった3人の友達と参加した関西地区のKGK春期学校が、私とKGKとの出会いでした。初めてのキャンプは、それはもう想像をはるかに超えたすごいものでした。「歌を歌わないカナリヤはいません。祈りのないクリスチャンはいません。私たちは、徹夜祈祷会をキャンプの間行いましょう。」まだ大学入学前の私たちにとって、この言葉はショックでした。「いつ抜け出そうか?」そのようなことばかり考えていた中で、当事総主事であった太田和先生と話す機会が与えられました。東海地区の学生が、関東と関西の春期学校に参加しているから、これから一緒に東海地区のKGKの活動を始めてみないかとの招きでした。そして月1回CLCの片隅で集会が始まりました。巡回してくださる太田和先生と熱い祈りをもったOBの方々に支えられて、私たちは、本当によく聖書の御言葉を学ばせていただきました。そしてその集会後喫茶店で交わりをし、それがとても楽しかったことを思い出します。10名足らずの学生でしたが、そこにはバイクで半日かけて信州大学から来ている学生もいました。1975年3月には、いよいよ東海地区の春期学校が雀のお宿でおこなわれました。OBの佐々木牧師を通じて、「ガラテヤ書の講解」でした。他にも多くのOBの参加もあり、今思えば休暇を取って学生のために奉仕してくださったことを思い出します。

遣わされた大学のキャンパスでは、もう一人の友達と祈ることから初めました。ある時は芝生で、ある時は教室で、またある時は寮で聖書研究会を始めました。何もないところからのスタートでしたが、なんと友達の同じ部屋の子が救われたのです。聖書研究会は、4〜5人の人数になり、2年後新入生歓迎会で、ビラを配ると4人のクリスチャンが与えられました。その年の大学祭では「塩狩峠」を上映することができ、会場が一杯になり感謝でした。この時も他大学の学生やOBのメンバーが祈りと奉仕と知恵を持って助けてくれたことを、思い出します。そしていよいよ金城のKGKも部室がいただけるようになり卒業していくことになりました。わたしは、KGKを通じて、「御言葉に生きる」ことを教えてもらったと思います。

もうひとつの恵みは、この働きを通じて主人(直)と出会えたことでした。遣わされたところで証していくためには家庭開放が示され、結婚後ずっと26年間家庭集会(セル)を続けることができ感謝でした。2年前乳がんが早期発見され、手術をしました。そのことも益と変えられ神様の望んでおられることを知り、長年勤めていた非常勤講師を辞め次の一歩を踏み出すことができました。

「キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです」
ヘブル7:25
posted by 協力会 at 20:58| Comment(1) | プレイヤーパートナー巻頭言