2011年11月26日

協力会運営委員会11月25日

kyouryokukai2011.jpg

協力会運営委員会がもたれました。
お弁当で夕食の後、
奨励(佐々木先生)
各報告(理事会、主事会、卒業生会、会計)
議事
です。
来年の協力会公開講座、また協力会総会が
2012年2月21日(火)にあります。
詳細は追ってお知らせします。
posted by 協力会 at 19:26| Comment(0) | 協力会 運営委員会 報告

2011年09月17日

【プレイヤーパートナー巻頭言2011/7】 第一とすべきもの(横谷亘)

「第一とすべきもの」    自由ヶ丘キリスト教会(2011年10月よりタイ聖書福音教会) 横谷亘 

watarukun.jpg 

1997年に千葉工業大学を卒業、就職して名古屋に赴任、10年間商社にて電力の営業に携わる。その後退職して北海道にある小さな聖書学校で学び、現在自由ヶ丘キリスト教会の伝道師として奉仕させて頂いています。
私が学生時代に最も教えられたのは何を第一とするのかという優先順位です。聖書はこう語っています。「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」この第一のものを第一としないとき、私たちの心は揺れ動かされます。
私は学生時代にNC(全国集会)の準備に関わらせていただきました。その中で“会場をどこにするべきか”という問題で大きく揺れ動きました。詳しい説明は省きますが、この時私は第一のものを第一としないで、NCが開催されることを第一にしようとしていました。この失敗を通し、私はNCを開催することよりも神を第一とすべきことを身をもって知りました。また神を第一とするとき、必ずその背後に神の恵みの方法が備えられていることを知りました。まさにこの経験は神のあわれみでした。
この優先順位は社会に出ると守るのがさらに困難に思えてきます。この世の勢力は何とかして私たちを神よりも、他のものを第一にするようにと迫ってきます。馬鹿正直に神を第一とするよりも、楽をして成果を得る道が賢く思え、神を第一とすることに頑固になるよりも、自分を偽ってこの世と同化する方が好ましく見えてきます。しかしアブラハムは自分の息子への思いよりも神のことばに従うことを第一とし、ダニエルは大臣の地位や自分の身よりも神を第一とし、キリストは自分の願いよりも父なる神のみこころを求めました。
私たちキリスト者もまず神の国とその義とを第一としたい。それぞれが今どのような状況に置かれているのか私にはわかりません。私には想像し得ない大きな困難の中にある方もおられるでしょう。しかし私たちは学生時代に学んだこの優先順位を思い起こし、今遣わされている場所で、神を第一とする者でありたいと願います。
posted by 協力会 at 14:07| Comment(0) | プレイヤーパートナー巻頭言

2011年05月25日

【プレーヤーパートナー巻頭言(2011/04)】共に希望を告白する隣人となる交わりへ(山崎龍一)

『共に希望を告白する隣人となる交わりへ』
山崎龍一
(KGK総主事)

pp_1104.jpg

いつもの4月は、南から訪れる桜前線に背中を押されるように新しい人生の歩みへと踏み出す時期。卒業、入学、新社会人としての歩みが始まり、街には新しい制服やスーツ姿が人々の心を和ませる…。そんな平凡な風景が3月11日午後2時46分から一変し、その桜前線のニュースは被災地からのニュースにとって代わった。

言葉を失うような震災を前に、神の言葉をもって神の国を建て上げる使命をもち、この世を寄留者として歩むキリスト者の私たちの人生が大きく問われることになった。東海地区でも学生が祈り準備してきた春期学校が中断となり、卒業生を送る会も中止となった。哀しい出来事の前に、まさに哀しみの中に生きる人々の隣人となり、魂への深い慰めのとなる神の言葉を届けることができるのか…が問われている。

KGKではそのことばを宣教する使命を担っている「かの地」の教会に仕えるために、学生たちを派遣し続けることとした。すでに一定の期間を終えて戻ってきた学生からは「今まで使ってきた仕えると言う言葉の意味を問われ続けた数日間だった」と報告を受けている。愛、平安、感謝、仕える…多くのキリスト者としての言葉を、私たちは魂の奥深くから注ぎ出しているかをもう一度、考え抜き、祈りの中から生まれてくる人生を生きたい。

KGK活動で私たちは、日本キリスト教史などを中心に歴史認識の深さの中で、信仰告白の大切さを学び、交わりを通して人々の隣人になることを学んだ。ふと見渡せば、私たちの日常の中にさえ悲しみは渦巻き、それぞれの隣人になることから生まれる言葉が十字架の主を信じる者の言葉として、哀しみから立ちあがり、キリストにある共同体を形成するものとして歩むことを祈り続けたい。KGKが全国に展開し祝福されてきた60余年の歴史は、この時に互いに隣人となるためだったと告白したい。「がんばれニッポン」という言葉がテレビやメディアを通して語られている。米国の9.11直後にも米国には星条旗が街にあふれた。しかし、私たちはもう一度、問わなくてはならない。真に私たちを立たせ、希望を与え、悲しみの中にあってそれでも「神は愛なる方である」と告白できるのは、キリスト者としての共同体であり、それは教会であることを。
posted by 協力会 at 21:04| Comment(0) | プレイヤーパートナー巻頭言